「お前は女の子らしくない」と彼氏に言われた。女らしさって一体なに?

今まで「女の子らしくしなさい」「女の子なんだから」いう言葉を投げかけられたことがある人はどのくらいいる?(もちろん、男性も然りなんだけれど。)

私はこれまでに服装、身だしなみ、言葉使い、行動の全てにおいてその言葉を何度も聞かされてきました。

意見ははっきり言いたいし、声は大きめだし、ショートカットが好きだし、スカートよりパンツ派だし、できるなら荷物は何でもポケットに入れたいし、食事に行った時率先して料理を取り分けるタイプではないし、むしろサラダはつつき合いっこして食べる方が楽しくない?と思うような人なんですよ、私。

学生時代は疑問に思いながらも努力して社会が求める「理想の女の子」になろうとしていました。でも、それってなんだか違う気がするんだよね。「女らしさ」って一体何?

「お前ってさ、女の子らしくないよね。」

これは、当時付き合っていた彼氏から言われた一言。

今までお付き合いしてきた元彼たちからは一度も言われたことがなかったので、私の頭の上はハテナマークでいっぱいになりました。

「え? あなたって女の子らしい子が好きだっけ?」

なんとか絞り出して返した言葉がこれです。さらに衝撃的だったのがその質問に対する彼の返答。

「タバコ吸ったり、連絡もマメじゃない。あまり自分から会いたいと言ってこないし、スカートもはかない、化粧もそんなにしない。女の子らしさは大事だよ。モテメイクとかしてみたら?」

待って、びっくり。モテメイク!?

確かに私は喫煙者だし、連絡はそんなにマメではないし、彼氏の優先順位もあまり高くならない。だけどそれでもうまくいっていると思っていたからモテメイクなんてものを考えたことすらなかった(笑)

本当に予想外だったのでかなり困惑したことは今でも覚えてる。

このあと彼への気持ちはすっかり冷めてしまい結果的にお別れすることになりましたが、彼の一言は改めて「らしさ」について考え直すきっかけになりました。

 

「女らしさ」は誰のためのもの?

世界経済フォーラムが2017年に発表した「ジェンダー・ギャップ指数」で日本はなんと過去最低の114位でした。また、日本の女性向け雑誌やテレビでは、女性が男性に選ばれる対象として表現された見出しが目立ちます。

例えば「モテファッション」「モテメイク」といった特集。

男性の理想を叶えることを前提とした内容に私はいつも違和感を覚えます。メイクやファッションは自分を表現したり自分のモチベーションを上げるためにあるんじゃないの?

実際にそういうメイクやファッションが好きな女の子は大勢いるし、彼女たちがそれを望んでやっているならそれでいいと思います。

でももし社会が作った「女らしさ」に自分を合わせようとすることで生きづらさを感じている人がいたら、そのメイクやファッションは誰のためのものなのか一度自分に問いかけてみて欲しいと思うのです。

大好きな彼に「スカート姿が見てみたいな〜」とか「こういうメイクが見てみたいな〜」と言われて「今日はこうしてみよう」と思う気持ちはとても可愛らしいし、素敵なこと。でも彼に女の子らしくしてと言われて、苦しむ必要はないはず。
 

「誰かが好きな私」ではなく「自分自身が好きな私」でいたい

あの彼の一言がきっかけで、私はやっぱり「誰かが好きな私」じゃなくて「自分自身が好きな私」でいるほうが幸せだと気づきました。

“人が私をどう見ているかは気にしない。他の人の期待に振り回されていたら、結局は間違った選択しかできないでしょう”

これは私の好きな女優のブレイク・ライブリーの言葉。彼女の言う通り、他人が期待する自分になることばかり考えていると本当の自分を見失ってしまいます。

日本ではみんなと同じであることが正しいという時代遅れな考え方が今も至るところにはびこっていますが、自分の理想の女性像がまわりと違うことは全くおかしなことではありません。

例えば私の理想は、他人の目を気にせず自分の好きなファッションを楽しみ、男性と対等にリーダーシップを持ち、自分の意見をはっきりと伝えられる女性でいること。

私の描く女性像とみんなの描く女性像はそれぞれ違うかもしれないけど、それでいいんです。

一人一人の個性を認め合い誰もが自分らしく生きていくためには、今も当たり前のように語られている「女らしさ」「男らしさ」に疑問を持つことが大事なんじゃないかな。この記事がそのきっかけになってくれたら嬉しいです。

参考記事:日本経済新聞「日本114位、過去最低 世界の男女平等ランキング